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『乙女の密告』 [本のススメ]


乙女の密告

乙女の密告

  • 作者: 赤染 晶子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/07
  • メディア: ハードカバー



そろそろこれまでに読んできた本の紹介をしていきたいと思います。
結構たまっているんですよね~しかも次か次へと読んでいきますし。
最近はずっと『心霊探偵 八雲』を読んでいましたけれど。

では、本日は芥川賞を受賞した一作『乙女の密告』について。

『ヘト アハテルハイス』こと『アンネ・フランクの日記』が作品の大きなテーマです。
原書のタイトルである『ヘト アハテルハイス』は<後ろ家>という意味で、
アンネらが隠れた場所を意味し、この言葉はオランダの建築事情が深く関わっているようです。
この作品は京都にある外国語大学のドイツ人教授バッハマン先生のゼミが舞台となっており、
『アンネ・フランクの日記』の「1944年4月9日日曜日の夜」という章のスピーチを通して、
バッハマンゼミの生徒達の心の変化を描いた小説となっています。
スピーチを通して自らを言い表す言葉を見つけようとする女子大生の物語と言ってもいいかもしれません。

批評を読んでいると、賛否両論の小説であることは分かりましたが、私は好きでした。
純文学が好きな人には愛される作品ではないかと思われます。
直木賞ではなく芥川賞の理由を読んでいると実感できますね。
とはいっても、私は『小さいおうち』を読んだわけではないのですが。

冒頭に外国語大学の語学授業を表現した文章が出てくるのですが、私と同じでした(笑)。
私自身幼い頃は(といっても小学生ぐらいの時期)外国語学部の女子大生について
お洒落で垢抜けた雰囲気をもつ女性達の集まりなんだと考えていたところがあったのですが、
(英語嫌いで中学生に入ってすぐ大学は文学部がいい!と思っていた人間が私なのですけれど)
いざ外国語学部に入学してみると、日々第一外国語であるフランス語の予習に追われる日々。
お洒落に優雅に…といった花の大学生活とは程遠いものでした。
大学2年生のときは電車の中でも語学の勉強をしていましたっけ。
誰が恋人?と聞かれたなら「フランス語よ」と言い返したくなるほどのものでした。
そのような光景がそのまま小説の中にも描かれているのです。
「うんうん、そうそう」と頷きながら読んでいました。
私の大学ではスピーチ系を専門的に行うゼミはなく、
文学、社会学、言語学、歴史学、政治学…等フランス語を使って何かを学ぶゼミばかりでした。
といっても、スピーチをやりたい生徒には個人的な指導を行っていたようですが。

この物語の重要なテーマの1つとして「たった1つの言葉」であると思うのですが、
見つけ出したい、知りたいと願うような言葉がどの人の心にも存在しているのではないでしょうか。
きっとそれは自分自身の将来を考えるにあたって、大きな影響を与える言葉なんでしょう。
『乙女の密告』に出てくる女子学生たちの心の動きを知ることで実感しました。
私自身、将来を考えていくときに1番大切にしていること(その言葉)があり、
一生そのことについて考えていく運命だろうなあと予感しています。

タイトルにもなっているだけでなくバッハマン教授が女子大生らに呼びかける言葉である「乙女」。
「乙女」という概念は真実を決して知ることなく噂を愛すというものだ。
「乙女」と称する世界は確かに噂だらけだなあと私もつくづく思います。
その乙女の集団であるバッハマンゼミで唯一真実を知ろうとした主人公みか子は
禁断の果実をかじろうとする存在だと乙女達には見えたのは仕方ないことなのでしょう。
噂にこめられた誹謗や中傷。その恐ろしさに噂されたみか子はどのように乗り越えていくのか。
その様子もこの作品の見どころの1つです。
そのような乙女達の頂点にいるバッハマン教授ほど恐ろしい存在はいません。
清らかな存在であるが噂好きでもあるといった表と裏の顔をもつ乙女達の世界にメスを入れているか
のような存在であり、はっきりいって不気味な男性です。
いかにも外国人らしい陽気さ(ドイツ人というより南仏に住むフランス人の雰囲気に似ているような…)を
もっている先生ではあるけれど、彼の本質は死神もしくは悪魔のような恐ろしい存在に思えました。

言葉と同じくらい、作品の重要なキーワードである「登場人物」。
みか子、みか子の知人である貴代、みか子の憧れる先輩である麗子、みか子の先輩である百合子、
そしてバッハマン教授。この5人を中心に主人公は自分が『アンネ・フランクの日記』に出てくる人物達
のなかで誰に似ているのかーその人物を見つけ出そうとする描写も迫力があります。
その答えがタイトルにも出てくる『密告』。既に何を言っているか分かる人がいるでしょうが、
これ以上はあえて言わないようにします。

スピーチになった「1944年4月9日日曜日の夜」はアンネらの隠れ家のすぐそばまで
警察がやってきたことに対してアンネが「ユダヤ人」であることの意味を心底思い知らされたことを
書き綴っています。アンネは悲劇のヒロインという印象しかなかったのですが、
実際はそうではなかったのですね。彼女はとても強い女性だったようですね。
私は『アンネ・フランクの日記』を読んだことがありません。
ですから、この小説を読んで、彼女の日記のもつ隠された意味を少し理解できたような気がしました。
また、戦争の恐ろしさを思い知らされました。
現代社会では人間のもつ権利は平等であるという考えが当たり前となっていますが、
ほんの少し前まで、それがただの理想論であったのかと思うと…本当に恐ろしいですね。
フランス革命でも貴族は平民を人と見なしていませんでした。
それは革命が終わっても改善されず、第二次世界大戦が終わるまで差別が続いていた、
ということを実感しましたね。「歴史は繰り返される」という言葉を思い出しました。
歴史を学ぶ意義を改めて知りました。

今回本文に出てきた『アンネ・フランクの日記』は全て作者である赤染さんの和訳です。
作品の内容にとって良いスパイスとなった(『アンネ・フランクの日記』の)出典はどこから?
と思ったら…本当に赤染さんは素晴らしい翻訳家でもあるようですね。驚きました。

私が1番好きだった登場人物は麗子さん。
スピーチを続ける理由がただ出会うべき言葉を見つけるためという彼女は本当に凄い人だと思います。
スピーチの恐ろしいところは本番の急に言う内容を忘れる「記憶喪失」が実際に起こるということです。
その記憶喪失によってコンテストの結果も左右されます。
そのなかで周りに目を向けずひたすら自己と向き合ってスピーチの練習をし続ける彼女は
私にとって尊敬できる女性です。本当に素晴らしいです。
私はよく他者が気になってしまうので、気をつけなければと思います。

この作品を読んで正解でした。本当に良かったです。
『乙女の密告』はとても知的な作品でエンターテイメント性をあまり感じることはなかったです。
そういったところが芥川賞に選ばれた理由なのかな?と思います。

今回もまとまりのない文章となってしまいましたが、
この小説の面白さができるだけたくさんの人々に伝わりますよう願っています。
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